+自己紹介+
時に私はとほうもない馬鹿になり とりかえしのつかぬあやまちをおかし 平然としてキャンティなど飲んでいる そんな私に誰も気づかない
時に私は一介の天使となり すべてを慈悲の眼でみつめ ゆり椅子におさまって昼寝している そんな私に誰も気づかない
時に私は何ものでもなくなり じわじわと怪物のように時空に滲み出し 水洗便所で流されてしまう そんな私をフェラリさえ轢くことができない
|
+言葉の槍+
きみを説得しようとは思わない ぼくに必要なのは勝利ではなく うずまくタバコの煙幕のむこうに ぼくと同じ一人の戦士の姿を見ること 敵はおろか味方すらさだかでない この青白くつめたい戦場で ぼくが求めるのは言葉の弾丸ではなく 言葉の槍 きみの全身の重みがかけられた その槍がかえってくるなら その槍がぼくの魂をつらぬくなら どんな白々しい沈黙にも耐えよう さめきったコーヒーの泥沼の中で
|
+あなたはそこに+
あなたはそこにいた 退屈そうに 右手に煙草 左手に白ワインのグラス 部屋には三百人もの人がいたというのに 地球には五十億もの人がいるというのに そこにあなたがいた ただひとり その日その瞬間 私の目の前に
あなたの名前を知り あなたの仕事を知り やがてふろふき大根が好きなことを知り 二次方程式が解けないことを知り 私はあなたに恋をし あなたはそれを笑いとばし いっしょにカラオケを歌いにいき そうして私たちは友だちになった
あなたは私に愚痴をこぼしてくれた 私の自慢話を聞いてくれた 日々は過ぎ あなたは私の娘の誕生日にオルゴールを送ってくれ 私はあなたの夫のキープしたウィスキーを飲み 私の妻はいつもあなたにやきもちをやき 私たちは友だちだった
ほんとうに出会った者に別れはこない あなたはまだそこにいる 目をみはり私をみつめ くり返し私に語りかける あなたとの思い出が私を生かす 早すぎたあなたの死すら私を生かす 初めてあなたを見た日からこんな時が過ぎる今も
|
+わたしの捧げかた+
絵は窓なのよ わたしにとって わたしは世界を眺めるの 映画は夢なの わたしにとって わたしはすぐに忘れてしまう 本はカタログ わたしにとって わたしはいつか世界を買うわ(多分月賦で) でも歌は歌なの いつもいつも わたしは小鳥に負けないわ そしてあなたはあなたなの わたしにわたしの捧げかたを教えて下さい 幸福なんてなんでもないのよ 不幸なんてなんでもないのよ わたしがわたしになれるなら
|
+無限色のクレヨン+
今日私は見ました 金髪の大男が掌にささった刺をぬいているのを 今日私は聞きました 桐箱の中で乾いた臍の緒がカラカラ鳴るのを 今日私は嗅ぎました 空色の窓枠のはげかかったペンキの匂いを
見知らぬあなたに手紙を書くのは あなたのことを知りたいからではありません 私のことを語りたかったからでもありません 言葉を無限色のクレヨンにして 世界の姿をあなたといっしょに画きたいから
今日私はさわりました 怒った赤んぼうのすべすべのお尻に 今日私は踏んづけました 舗道の上の上品なチワワのうんこを 今日私は思いました 素顔の道化が井戸端で洗濯しているところを
|
+木星の岸辺+
どうしてぼくはここにいるの? にわかに幼い子どもが問うのである 口のまわりに黄粉をくっつけて
窓の外では羽根つきの音がして 光はあくまでおだやかだ おとなわうろたえ意味なく笑い
まるで人っ子ひとりいない 木星の岸辺にでも漂着したかのように たとえようもなく寂しくなり
飛び去る時がどれだけ人を賢くするか 魂は満ちることを知らぬ穴ぼこ― あわてて子どもを福笑いに誘うのである
|
+迷子の満足+
右へ曲がれば家へ帰れる十字路を 幼い私はどうして左へ曲がったのだろう 生垣のつづく似たような小道が 異国のどこかのように新鮮だった
今ならばまだ迷わずに戻れると 自分にむかって心の中でくり返しながらも 憑かれたように先を急ぐのは何故だろう どんな目的地ももたずに
体の半分は心細さに泣きながら もう半分は訳の分からぬ喜びにおどっていた 道から道へただカンだけで何度も折れて その夜初めて私は自分の手で世界に触れた
夕闇のますます濃くなってくる 見知らぬ町かどにたたずんで ひとりぼっちの私の感じた満足は あれはいったい何だったろう
烈しい言葉で叱る母親を 幼い私は寛大に許していた 私の初めての冒険の意味は ただ私にしか分からないと知っていたから
|
+あわてなさんな+
花をあげようと父親は云う 種子が欲しいんだと息子は呟く
翼をあげるわと母親は云う 空が要るんだと息子は目を伏せる
道を覚えろと父親が云う 地図は要らないと息子がいなす
夢を見ないでと母親が云う 目をさませよと息子がかみつく
不幸にしないでと母親は泣く どうする気だと父親が叫ぶ
あわてなさんなと息子は笑う 父親の若い頃そっくりな笑顔で
|
+ふるさとだ+
バス停があって スナックがあって 昔っから生えてるこぶこぶの木があって 洗濯物が干してあって 小学生がぶらぶら帰ってきて 旅先の町とたいしてちがいはないが ここはふるさとだ なまりが聞こえて 新しい工務店が化粧煉瓦光らせて 郵便局が閉まっていて 海の匂いがかすかにして 軒先に薄陽がさして うつってるテレビはおんなじだが ここはふるさとだ 役所へいけば古い書類の間から おれの産声がひびいてくら 墓へいけば静かな石の列のうしろから おばあちゃんの唄がきこえる 地図にはそんなこと何も出ていない 同級生のあいつが本当は癌だということも いとこがふたご残して蒸発したことも 住職が新車に乗りかえたことも 世界情勢に関係ないが 薬屋にヌードのポスターがはってあって PTA会長が名刺注文して 新しい道があてどなくつづいて どこからかおでんが匂って おれ今でも好きな子がいる ここがふるさとだ
|
+遠くから見ると+
驚いたことに遠くから見ると 地球はちっとも疲れているように見えない まだ手おくれじゃないんじゃないか 今のうちに人類が滅びさえすれば きっと地球は天命をまっとう出来る
もし本当に地球が大切なら 野牛やシロバガクジラに譲ったほうがいい セイタカアワダチソウを茂るにまかせ 砂漠を吹きすさぶ風にまかせ レミングを崖から身投げすることにまかせる
そうすれば月のように冷たく美しく ゆっくりと滅びていけるだろう ぼくらは余計な世話を焼きすぎる 自分たちの住む地球を愛するあまり 暖かい大気のねんねこで地球を甘やかす
人間がひとりもいない地球を夢見ること むしろそれがすべての始まり そこに死を見るのは思い上がりだ 木々の間をシマリスが跳ね回っているのに 大空に禿鷹が舞っているのに
|
+やわらかいいのち+
〜思春期心身症と呼ばれる少年少女たちに〜
1 どうしたらいいの どうしたらいいの 問いかけるあなたの言葉が 私の中に谺する 答えのない私の中に― どうしたらいいの どうしたらいいの 私の中にあなたがいる ひっそりとひとりで立ちつくしている 心はもつれあった灰色の糸のかたまり だがその糸が私とあなたをむすんでいる どうしたら どうしたらいいの 問いかけることで あなたは糸の端を しっかりと握りしめている
2 あなたが歩くことのできるのがおどろきだ あなたがごはんを食べるのが 歯をみがくのが私にとっておどろきだ あなたのふたつの眼から 涙のにじみ出てとまらないのがおどろきだ あなたは海をみつめて放心している その顔にかくされた美しさがおどろきだ そしてあなたが死ねるとしたら… 死ねるとしても― そのことの中に私は あなたのいのちの輝きを見るだろう 私たちの生きる証を見るだろう
3 怒りながら哀しんでいる 戸惑いながら決意している 突き放しながらしがみついている ひとつの顔 世界中でたったひとつのあなたの顔 その顔はかくしている 誰にも読みきれない長い物語を
拒みながら待っている 謝りながら責めている 途方に暮れながら主張している ひとつの背中 かたくなにみずからを守るあなたの背中 その背中は呟いている 自分にもつなげないきれぎれな物語を
4 どこへ帰ろうというのか 帰るところがあるのかあなたには あなたはあなたの体にとらえられ あなたはあなたの心に閉じこめられ どこへいこうとも あなたはあなたに帰るしかない
だがあなたの中に あなたの知らないあなたがいる あなたの中で海がとどろく あなたの中で木が芽ぶく あなたの中で人々が笑いさざめく あなたの中で星が爆発する あなたはそこ あなたの宇宙 あなたのふさえ
5 あなたは愛される 愛されることから逃れられない たとえあなたがすべての人を憎むとしても たとえあなたが人生を憎むとしても あなたは降りしきる雨に愛される 微風に揺れる野花に えたいの知れぬ恐ろしい夢に 柱のかげのあなたの知らない誰かに愛される 何故ならあなたはひとつのいのち どんなに否定しようと思っても 生きようともがきつづけるひとつのいのち すべての硬く冷たいものの中で なおにじみなおあふれなお流れやまぬ やわらかいいのちだから
|
+まっすぐ+
キューピットの矢のように まっすぐ レーザーの光のように まっすぐ
まっすぐはとどく まっすぐは貫く まっすぐは飛び返る まっすぐはおわらない
赤んぼうの泣き声のように まっすぐ 玉突きの玉のように まっすぐ
まっすぐを生み出す力は まっすぐではない 曲がりくねり せめぎあっている
|
+ころころ+
ころころと 心はころがる あっちへ こっちへ
ころがってぶつかる あっちの心と こっちの心
だが時に 一瞬に溶けあう 朝の光に艶めく みどりの葉の上で
ふたしずくの 露のように
|
+花三題+
摘んでから兵士は その花の名を知らぬことに気づいた くににいる女への手紙にその花をはさみ 名を教えてほしいと書いた
返事が来た 誰もが知っているありふれた名だった そのとき一発の弾丸が 兵士のこめかみを貫いた * 一束のわずかな野花を頭上に高くかかげ 少女は荒れ野を走ってきた ただそれだけの情景しか思い出せなかったが… ただそれだけの情景ゆえに男は 死ぬことを思いとどまった * 外には雪が降りしきっている 生まれたばかりの赤ん坊の おぼろげに明けてゆく視野にうつる 母の乳房とそのむこう 窓辺の一輪のバラ
|
+花の絵+
「美しい…」と日曜画家 「一億三千万円です」と画廊 「下手っぴ!」と子ども 「ふーむ」と批評家 「ふん」ともうひとりの批評家 「破いちまえ!」と前衛画家 「ダイヤの方がいいわ」とその愛人 「抑圧された性」心理学者 「関係ねえよ」と暴走族 「美術界の腐敗である」と新聞記者 「雄しべの数が間違っている」と園芸家 「言葉は無力だ」と詩人 「作者の生まれた年は?」と教師 「あとでギョウザ食べよう」と恋人たち 「匂いがないわ」とエコロジスト 「なみあみだぶつ」とお婆さん 「これこそ文化であります」と政治家 「栄養にします」とデザイナー 「私有する気はない」とお金持ち 「花より団子」と団子屋さん 「美を定義するのは美だ」と美大生 「蜜が吸えない」と蜜蜂 「これが私?」と花
(絵ノムコウニ花ガ見エナイ 絵ハ壁ノヨウニ目ヲ遮ル 花ヲ描コウトシテ 画家ハ絵ヲ描イテシマッタ)
|
+ミネ・クレインの絵によせて+
*ふえ* あのひとのことばに あきたのではなかった そらをとびたいと ねがうのではなかった ただとりたちのはなすことばを はなしたくて とりたちのきくおとをききたくて ふえをふいた あのひとにくちづけた くちびるで
*こかげ* こかげにいこうものたちのからだは みなとにとまるふねのようにくつろいでいる だがこかげにいこうものたちのたましいは やすらぎのうちにおののいている あおぞらのあかるさに かげをかくしたこころはむしばまれ よぞらのふかさに ひかりをもとめるこころはおびえている
だいちをははとしきぎをちちとして きのなかにみをひそめこかげにのがれても はなされたこともかきしるされたこともないことばは くうちゅうにみちあふれ そのよびかけにこたえようとして けものたちはなきことりたちはうたう ひとびとのいのりのことばもまた それらのこえにまぎれててんにのぼる
こかげにいこうものたちのたましいは やすらぎのうちにおののいている
|
*ゆき*
だれかがこのせかいを まっしろにぬりつぶそうとしている すべてのものおとを うちゅうのしずけさにかえそうとしている わたしがもういちど あたらしくよみがることのできるように
*いろ*
きぎのみどりは まちがいだったのか りんごのあかは あざやかすぎたのか とりたちのはねのいろは けものらのけがわのようなもの
もうひとつのくにが つくられている まぶたのうちに あらゆるものを おもいだすことの できるくせに まちのぞむこころを そだてるくせに
そのくにで わたしたちはみみをすます しずけさのそこに うまれようとする かすかなおんがくと つつましいことば すがたなきものの ささやきに
そのくにで わたしはゆめをみる どんなほうせきにもまして かがやく ただいちまいの わかば みずからのこころの ふかみのいろ
ひとひらのゆきは かるくやさしく だがそのかたちは きびしさにみち しかもおしむまもなく とけてきえる さながらつかのまの きせきのように
もえさかるひの かたわらに しろいカンバスが たてられ ひとのこころにひそむ ひみつをもとめて いま はじめてのいろがおかれる
|
「二月のうた」
鳥は空を飛んでゆく 魚は水に泳いでいる 私は地上でいったい 何をしているのだろう
そう 私はたとえば あなたに 花を贈ることができる 鉢植えの黄水仙を
うす曇りのこの午後に あなたを見つめて― それは歴史とは 何もかかわりもない事だけれど
それはまったく それだけの事だけれど
|
「三月のうた」
小さな雛菊の縫取りのあるハンカチを 何の気なしにふと買った
よく似ている人を遠くから 思わずじっとみつめていた
古い手紙を出してきて 黄昏の光の中で読みふけった
何でもないようなこと おそろしくちっぽけなこと
そこに愛がかくされていたと気づくのだ 愛を見失った今になって―やっと
|
「四月のうた」
はじめてのものは 新しい けれどよく知りつくしているものは もっと豊かだ
はじめて会ったとき 私はあなたを恋した けれどいま 私はあなたを愛している
たがいにたがいの運命となってゆく 土が樹を育てるように 樹が土をよみがえらせるように
そしてふたりが余りに近いとき 私はひそかにあやぶむ 熟れすぎた愛の果実がもう落ちはしまいかと
|
「五月のうた」
神さまがお許しを下さる月 あのひとを愛してもよいと 青空の瞳やさしく 私をみつめなさる月
ババロアが揺れている月 花の木の下に座って 心臓のアレグロに耳をすまし 私が新しい私と待ちあわせする月
家々に森があり 森に海があり 海に砂漠があり すべての歴史が重なりあう月
かもわれぬ月 ほんとうにあのひとを 愛してしまうかもしれぬ月 永遠のMAY
|
「六月のうた」
あの日もあなたが好きだったのに あんなに哀しかったあの日
あの日も私は私だったのに あんなに苦しかったあの日
あの日も空は青かったのに あんなにうつろだったあの日
人気のない公園で いつまでもぶらんこに座っていたあの日 アルバムにないあの日 日記のつけられなかったあの日
いつかはあんなに忘れたかったのに 今は忘れてしまうことが怖しい― あの日は二十歳だった
|
「七月のうた」
あなたは云う 怒って云う この世に永遠などないと云う けれどこの真夏 そんなあなたは 美しいうなじの おくれ毛のあたり
私は見る 小さな永遠の子供たちが 陽光の中で たわむれているのを くずれおちたピラミッドの かたわらから かれらはあなたの肩に 帰ってきたのだ
|
「八月のうた」
あの時はふたりだった 憎んでいたのか 愛していたのか あの時はふたりだった 丘の上に腰をおろし 村の小学校から響いてくる 子どもの声を聞いていた 計画はなく 悔いもなく あの時はふたりだった 何の樹か 草の上に影をおろし あなたは麦藁帽子を脱ぎ 髪を解いて風にまかせた・・・・・ あの時はふたりだった
|
「九月のうた」
あなたに伝えることができるのなら それは悲しみではありはしない 鶏頭が風にゆれるのを 黙ってみている
あなたの横で泣けるのなら それは悲しみではありはしない あの波音はくり返す波音は 私の心の老いてゆく音
悲しみはいつも私にとって 見知らぬ感情なのだ あなたのせいではない 私のせいでもない
|
「十月のうた」
何の動きも感じられなかったのに 草の間かあら風が湧いた 小さな栗がかぶりをふった 枯れるのをおそれるかのように
遠い山の中腹の一軒家から 煙があがるのが見える この透明な空気の中では どんな小さな嘘もつくことができない
愛しあいながらも ふたりはどちらからともなく ふと 手をほどく・・・・・
しじまのうちに すべてはこんなに明るく語られている こんなに明るく
|
「十一月のうた」
愛しているから 愛していると云えないのです 許してください 私の不器用な沈黙を 私はあなたをとりかこむ空気になりたい あなたの肌にむすぶ露になりたい
視線の動きだけで もう小鳥は飛び立ってしまう ただひとつの囁きだけで 夜は明けてしまうのではないか ただ一滴の涙だけで 愛は凝固してしまうのではないか
私は身動きできないのです この余りにも完璧な あなたとの夜に
|
+魂のいちばんおいしいところ+
神様が大地と水と太陽をくれた 大地と水と太陽がりんごの木をくれた りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた そのりんごをあなたが私にくれた やわらかいふたつのてのひらに包んで まるで世界の始まりのような 朝の光といっしょに
何ひとつ言葉はなくとも
あなたは私に今日をくれた 失われることのない時をくれた りんごを実のらせた人々のほほえみと歌をくれた もしかすると悲しみも 私たちの上にひろがる青空にひそむ あのあてどないものに逆らって
そうしてあなたは自分でも気づかずに あなたの魂のいちばんおいしいところを 私にくれた
|
+成人の日に+
人間とは常に人間になりつつある存在だ かつて教えられたその言葉が しこりのように胸の奥に残っている 成人とは人に成ること もしそうなら 私たちはみな日々成人の日を生きている 完全な人間はどこにもいない 人間とは何かを知りつくしている者もいない だから問いかけるのだ 人間とはいったい何かを そしてみな答えているのだ その問いに 毎日のささやかな行動で
人々は人を傷つける 人は人を慰める 人は人を怖れ 人は人を求める こどもとおとなの区別がどこにあるのか こどもは生まれ出たそのときから小さなおとな おとなは一生大きなこども
どんな美しい記念の晴着も どんな華やかなお祝いの花束も それだけではきみをおとなにはしてくれない 他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ 自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ でき上がったどんな権威にもしばられず 流れ動く多数の意見にまどわされず とらわれぬこどもの魂で いまあるものを組み直しつくりかえる それこそがおとなの始まり 永遠に終わらないおとなへの出発点 人間が人間になりつづけるための 苦しみと喜びの方法論だ
|
+ひとりぼっちの大晦日+
大晦日にきちんとマルを打って 新しい年を改行して始めたのは昔の話
フータはニセコへスキー アッコはあいつとハワイ おれはうちでパソコンいじって 一年は除夜の鐘のテンテンで 次の一年へとつながっていく それが時間の本質であるからには けじめなどというのは 一年に一回だけ着る和服みたいに ナフタリンくさいだけ とはいうものの口だけは自然に動いて オメデトウなんて言っている たしかにスーパーのビニール袋の中で じゃがいもの芽は出かかっている いのちの力は薄気味悪いよ 「好くだぜ」なんてかっこつけるのも その力のなせる業なら おれだって生きていることは生きているんだ なあアッコ ハワイなんてなまぬるくないか どうせならヒマラヤへ行こうよいっしょに もっと寒いほうがいい冷たいほうがいい 裸はほんとに痛いよ かまきりのオスは かまきりのメスに出会ったことを後悔しない ロミオがジュリエットに出会ったことを悔いないのと同じように 出会いのむこうにはいつも死がかくれていて そっちのほうから見ないことは 偶然は偶然で終わってしまうんだ そんなことすら知らないんじゃあ それこそオメデタイってもんじゃないか パソコンで未来なんて プログラムできないと知っているから おれはこうやって遊んでいるよ コーヒー飲んでる間にやってくる明日は まるでS・Fの明日みたいにはるかだ そこでも雀はさえずってるんだろうか そこでも円周率は無限につづくのか アッコよそこでもきみの胸は あんなに白くやさしいのか
|
+三つのイメージ+
あなたに 燃えさかる火のイメージを贈る 火は太陽に生まれ 原始の暗闇を照らし 火は長い冬を暖め 祭りの夏に燃え 火はあらゆる国々で城を焼き 聖者と泥棒を火あぶりにし 火は平和へのたいまつとなり 戦へののろしとなり 火は罪をきよめ 罪そのものとなり 火は恐怖であり 希望であり 火は燃えさかり 火は輝く ―あなたに そのような火のイメージを贈る
あなたに 流れやまぬ水のイメージを贈る 水は葉末の一粒の露に生まれ きらりと太陽をとらえ 水は死にかけたものののどをうるおし 魚の卵を抱き 水はせせらぎの歌を歌い たゆまずに岩をけずり 水は子どもの笹舟を浮かべ 次の瞬間その子を溺れさせ 水は水車をまわしタービンをまわし あらゆる汚れたものを呑み空を映し 水はみなぎりあふれ 水は岸を破り家々を押し流し 水はのろいであり めぐみであり 水は流れ 水は深く地に滲みとおる ―あなたに そのような水のイメージを贈る
あなたに 生きつづける人間のイメージを贈る 人間は宇宙の虚無のただなかに生まれ 限りない謎にとりかこまれ 人間は岩に自らの姿を刻み 遠い地平に憧れ 人間は互いに傷つけあい殺しあい 泣きながら美しいものを求め 人間はどんな小さなことにも驚き すぐに退屈し 人間はつつましい絵を画き 雷のように歌い叫び 人間は一瞬であり 永遠であり 人間は生き 人間は心の奥底で愛しつづける ―あなたに そのような人間のイメージを贈る
あなたに 火と水と人間の 矛盾にみちた未来のイメージを贈る あなたに答は贈らない あなたに ひとつの問いをかけを贈る
|
+明日+
ひとつの小さな約束があるといい 明日に向かって ノートの片隅に書きとめた時と所 そこで出会う古い友達の新しい表情
ひとつの小さな予言があるといい 明日を信じて テレヴィの画面に現れる雲の渦巻き <曇りのち晴>天気予報のつつましい口調
ひとつの小さな願いがあるといい 明日を想って 夜の間に支度する心のときめき もう耳に聞く風のささやき川のせせらぎ
ひとつの小さな夢があるといい 明日のために くらやみから湧いてくる未知の力が 私たちをまばゆい朝へと開いてくれる
だが明日は明日のままでは いつまでもひとつの幻 明日は今日になってこそ 生きることができる
ひとつのたしかな今日があるといい 明日に向かって 歩き慣れた細道が地平へと続き この今日のうちにすでに明日はひそんでいる
|